05.syokuji

 人の子供がクロスの部屋の前に現れてから、早くも三カ月の時が経過した。初めはアヤカシにとって本当に未知の体験ばかりで手を焼いたのだが、クロスがどこからか手に入れてきた育児書と禁域内で唯一の子育て経験のあるワーウルフの指導もあり、なんとか赤子が衰弱死することもなく、元気に育てることが出来ていた。
 中でも苦労したのは人間の三大欲求に関することである。アヤカシのほとんどは食欲以外の欲求が当てはまらないのだから、当然と言えば当然だろう。初めておしめを替えた時など、それはもうひやひやものであった。その臭いから死んでしまったのではないかと思った者もいたほどである。
 食事に関してはもっと苦労した。何しろ幼児が食べるものなど全くわからぬ彼らなので、生肉をそのまま食べさせようとしたり、野菜をそのまま食べさせようとしてみたりしていたのである。
 だが、育児書にあった”母乳”というものの存在を知り、幼児は……というか人間全般は生肉を食べないことに気付いた。では、”母乳”とは一体何なのか。育児書に書かれていた内容によると、子供のいる母親からは母乳というものが分泌されるらしい。けれども、母乳というものが必要だとはいえ、アヤカシの中に子持ちなのはワーウルフしかおらず、雪子の実の母はと言えばまったくもって不明なのだった。
 何も食べずに、じわじわと衰弱していく赤ちゃんを見て、クロスは必死に人間のことを勉強した。他のアヤカシも同様に、強制労働の隙を見て情報を探そうと苦心していた。そして、苦労の後たどり着いたのは粉ミルクなるものの存在である。母乳を手に入れようと努力していた彼らにとって粉ミルクは実に革新的であった。温めた水に適量溶かすだけで、母乳と同等とまではいかないが、なんとか雪子に飲ませることが出来たのである。その瞬間、あまりの嬉しさに近くのアヤカシ同士抱き合って喜んだことは記憶に新しい。
 三ヶ月間、未知の体験の連続ではあったものの、結果的に何の問題も無く育てることが出来た。アヤカシに課せられた義務、強制労働によってクロスが出てこれないときは、他のアヤカシに預かってもらうようにと上手くやれていたのである。
 ほとんどのアヤカシは雪子のことをわが子のように可愛がり、中でもサキュバスやワーウルフはことさら彼女のことを可愛がっていた。いつしか首も座り、一応の父親役だけでなく他のアヤカシにも慣れ始め、無邪気な笑顔を見せるようになっていた。赤子の存在は禁域内でもトップニュースとなり、クロスが仕事に行くのを楽しみにするものまで出始めていたほどだ。
 しかし、とある問題が発生した。いつもおとなしい雪子が時折急に泣き出すようになったのだ。その頃、人間の育児に対してそれなりの知識を得ていた彼らは泣きだす原因となる不快、すなわち食事や排泄関連を真っ先に調べたのだが、そのどれも当てはまらない。
 ならば何故、雪子が泣きだすのか。困ったアヤカシたちは皆に読まれボロボロになってしまった育児書を開き、答えを得た。
「3カ月コリック」
 いわゆる夕暮れ泣きと呼ばれるもので、理由はなくても何らかの要素がストレスになったり、構って欲しいという甘えから泣いているものらしい。発見したのはあまのじゃくだったが、鬼の特性を持つ彼にとってそれをどうにかするのは至難の技であった。しかも、あの優男、クロスは仕事の真っ最中で深夜まで戻ってこないという最悪の状況である。
「朔乃! 助けてくれ!」
 わけも無く泣き続ける雪子を抱きかかえ、今度はあまのじゃくがサキュバスに泣きついた。朔乃も最初はおなかが減ったのか何かだろうと思っていたのだが、あまのじゃくから説明を受けて状況を理解する。
「雪ちゃん、何がいやなのかにゃー?」
 すっかり赤ちゃん言葉が板について来た朔乃であったが、いくら抱きかかえても雪子は泣きやまない。面白い顔をしてみたり、頬をすりよせてみたりといろいろ試してみるが、相変わらず雪子は泣き続けていた。
「普段はこれですぐに泣き止むのに……」
 困った朔乃は雪子を片手に育児書に手を伸ばす。そのとき、紅葉ほどの小さな手が朔乃の胸に伸びた。泣きながら伸ばされた手が、指が朔乃の敏感な部分に触れる。
「ひゃうっ!?」
 突然変な声を上げたサキュバスを見て、いぶかしげに顔を覗き込むあまのじゃく。朔乃はなんでもないと即座に否定したが、雪子の指が触れたその瞬間に直感で理解した。そう、赤ん坊の欲している、食欲でも排泄欲でもない何かを。
「ジャス、私わかったかも。あとは任せて」
「悪ぃな……頼む」
 泣き止まない雪子を抱え、自分の部屋に戻り、背で扉を閉めるサキュバス。後ろ手でしっかり鍵もした。大声を上げ続ける雪子を両手で壊れ物でも扱うように抱き、するりと自分のベッドへと滑りこむ。
「雪ちゃん、寂しかったんでしょ」
 言葉の分からない赤ちゃんではあるが、朔乃の意を読みとったかのように真っすぐ彼女の目を見た。涙で潤み、濡れた視線。それが彼女の母性本能をこれでもかというくらいくすぐった。
「わかるよ、そういうの。私もよく泣いてたから」
 サキュバスは自分の過去を思い出し、雪子を優しく抱きしめる。朔乃が自分というものを意識した頃には既に禁域の中にいた。他のアヤカシも多く生息する禁域ではあったが、朔乃の両親はおろか、同じ種族さえも存在していなかった。助けてくれるアヤカシもいたので自分一人で生きることが出来ないわけではない。けれども、圧倒的な孤独が彼女の心を責め苛んだ。彼女の求めたものは他のどんなアヤカシからも与えられず、孤独が心を抉るたびに枕に突っ伏して涙していたのだ。
 それと似た、もしくは全く一緒かもしれない状況の雪子と自分が重なった。いるかもわからない実の親。その愛情を与えられなかった自分。自分と同じ苦しみをまだ言葉を操ることもできない雪子に味わわせてなるものか。
「ちょっと、待ってね」
 呼吸を挟みながら、少しずつ上着を脱いでいくサキュバス。その手はしっかりとした意思と共に動き、サキュバスは下着だけをまとった姿になる。いつしか、赤ん坊は泣きやんでいた。しかし、サキュバスは手を止めない。胸元を隠す薄布をほんの少しずらし、白磁のような肌に薄い桃色のものが露わになった。
「雪ちゃんは女の子だから、恥ずかしくないもん」
 誰にともなく言い訳し、胸を張るサキュバス。言っていることとは裏腹に、その頬は薄い朱に染まっていた。朔乃を決して大きいとは言えない自分の乳房を掴み、あまのじゃくから預かった粉ミルクをほんの少しだけ自分の敏感なところに塗った。人の体温ほどのそれが滑らかにこすれ、小さく声を上げそうになる。
「雪ちゃん、いいよ……。咥えてみて」
 朔乃は緊張と期待が入り混じった声で雪子に語りかけ、そっとその先端を雪子の口にあてがった。雪子は本能的にそれを口に含み、粉ミルクの付いた部分に舌を這わせる。そして、一気に吸いあげる。
「くぅ……ッ!」
 朔乃の身体が小さく跳ね、太もものあたりのシーツを強く挟み込む。雪子の舌が、まだ歯も生えていない口が、朔乃の先端を刺激する。自分以外の誰かがそこに触れている。赤ちゃん特有の熱く、柔らかい感触。ペロペロと撫でるように触れたかと思うと、急に強く吸われる。雪子が自分の乳首を弄ぶ度に朔乃の身体は快楽に打ち震えていた。
「あっ……うぅ」
 塗ったミルクはとっくに舐め切られたはず。それでも雪子の舌は動き続けている。何度も刺激され、朔乃のそこは随分前から固く尖っていた。それを山羊の拷問のように執拗に責められ、頭の中が真っ白になる。
「雪ちゃん……っ、今度はこっちもして……」
 朔乃は小さなあえぎ声と荒い呼吸を隠しながら、まだ触れられていないもう片方の乳頭にも念入りの粉ミルクを塗りこむ。固く尖ったそこに、白濁色に濡れた自分の指が伝う。自分でも滅多にしないようにしている行為であったが、その使命感と雪子に責め立てられたことで、欲望のたがが外れてしまっていた。
「ああっ!」
 吸いついていた雪子の口を無理に引き離したことで、今までにない快楽がサキュバスの全身を揺らした。たまらず大きな声を出してしまったことを後悔する間もなく、今度は雪子の舌が左の乳房に伸びる。サキュバスは自らの経験上、左の方が弱いことを知っていた。
雪子の歯茎が貪るように、サキュバスの性感帯を強く挟み込む。
「っ――!!」
 ほんのわずかな痛み。それをはるかに上回る快楽。初めは使命感からの思い切った行動だったはずが、いつの間にか雪子のためというよりも自分のためになってしまっている。こんなことをしている自分がたまらなく嫌なのに、手を止めることが出来ない。
「あっ」
 ミルクの混じった唾液が先端から滴り、下腹部を濡らす。じっとりと粘度の高いそれが腹を伝って落ち、じんわりとショーツに吸いこまれた。朔乃は無意識にそれを拭こうと手を伸ばしたことで、自分の身体の異変に気付く。
「やだぁ……ッ」
 白いショーツの下部に走る、濡れた亀裂。それはショーツだけには収まらず、失禁でもしたかのようにシーツに染みを作っている。思えば、ここ最近雪子の世話焼きや何かで自分自身で処理をするのを忘れていた。サキュバスの性質上、定期的にしなければならないことをわかっていて、放置していたともいえる。
「雪ちゃん、ごめん」
 必死に自分の乳を吸おうとする雪子に一言詫び、空いた右手をショーツの一部、ほんの小さな突起に手を伸ばすサキュバス。一度気づいてしまうと、身体がどうしてもそこに触れて欲しいと主張していた。濡れた裂け目のほんの少し上。朔乃の一番感じやすい部分に布一枚を挟んで触れる。
「きゅぅ……ッ!」
 全身に電流が走るような感覚。けれどもそれに痛みは無く、涙が出るほどの悦びだけがサキュバスの身体を貫いた。それに合わせるような雪子の舌使い。朔乃の身体が小さく、しかし何度も痙攣し、左手で雪子を抱きしめる。ほんの少し、触れただけ。それなのに、今まで蓄積されていた快楽が爆発したかのように、朔乃の身体が反応した。
 声にならない声を洩らしながら、惚けたようによだれを垂らすサキュバス。もう、何も考えられなくなっていた。麻薬のような強烈な快感を覚え、手を離した瞬間すっと雪子が自分の下腹部までずり落ちる。
「ゆき、にゃん……?」
 喜びに打ち震える身体でなんとかそれだけを口にし、上目遣いで見上げる雪子のことを視線だけを動かして見る。雪子はさっきまで咥えていた母の感触を探していた。サキュバスの白い肌の中で、少しだけ色があって尖ってる部分。まだぎこちない様子で動かした手が偶然朔乃のショーツに引っかかり、先ほど朔乃が自身で触れた部分を露わにさせる。
「だ、ダメ……っ!」
 雪子がしようとしたことに気付いたサキュバスが必死に制止の声を出すが、もう遅い。朔乃の一番敏感な部分、それを母のそれと勘違いした雪子が小さな口でくわえこみ、幼児らしい加減のなさで力強く吸った。
「……!!」
 軽い絶頂を迎えたばかりのつぼみを目一杯刺激され、朔乃は自分の許容量を超えた快楽に、その場で失神した。

*

 クロスが帰ってきたのは夜の十二時過ぎ。すやすやと眠る雪子と、なぜか半裸でシーツを被って添い寝しているサキュバスの姿を見て、いいお母さん役になってくれているなと微笑む。今までに見たことが無いくらい、幸せそうな寝顔。そうなった経緯を知る者は二人を除いて誰もいない。

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